作品タイトル『蜘蛛』

 3.

「ねえ、蜘蛛!」
 帰宅すると、私は自分の部屋に直行した。鞄をベッドに置き、巣にいない蜘蛛を探す。「蜘蛛ってば!」
『……なんだよ』
 気だるそうな声。
「今度はどこ?」
『ここ』
 声が聞こえた瞬間、目の前につーっと黒いものが滑り降りてきた。
「きゃあ!」
『……騒ぐなよ』
 蜘蛛だった。
 蜘蛛としてはごくごく当たり前の登場の仕方だった。天井から垂らした糸にぶらさがり、丁度私の目線のあたりに降りてきたのだ。
 けど、さすがにいきなり目の前に現れたら驚く。
「普通に登場して、ふつうに!」
『蜘蛛なんだから、フツウだろ、これが』
 ……まあ、そうだけどさ、心臓に悪いのよ。
『で、なんだよ、慌てて』
 ――そうだった。
「あんたがここにいる期限が一週間って約束したの、覚えてる?」
『……ああ』
「その約束、絶対に守ってね!」
 蜘蛛を指さす。
『ふん、主人がそう言うなら従うぜ』
「……意外。素直じゃない」
『ま、そのうちお前の方から居てください≠チて頭を下げることになるだろうけどな』
 ――はあ?
 どこから来るの、その自信。
「そんなの、あり得ないって」
『どうかな?』
「あり得ない!」
 語気を強める。「だって、あんたと関わったせいで、ちょっと面倒なことになってるんだから」
『……あん?』
「あんたのこと、鎮目君に相談したら……なんかあの人、変だったし……」
 部屋に入れた自分にもちょっとは非があるから、最後の方は口ごもった。
『誰だ、それ』
「……あ、昨日うちに来た、霊感があるっていう……」
『ああ』
 蜘蛛がククッと笑う。
「ちょっと、なんで笑ってんの」
『なにかあったんだろ?』
 蜘蛛が皮肉めいた口調になる。
「言っとくけど、あんたが想像してるようなやましいことじゃないからね」
『ふん、お前こそ変な想像するなよ』
「は?」
『――忠告しといてやる』
 真剣な声音で、蜘蛛がするすると天井に登っていく。『あいつは危険だぜ。近寄らないほうがいい』
「なにそれ! 連れて来いって言ったのは、あんたでしょ」
『そうだったな』
 蜘蛛が笑う。『ま、命が惜しかったら近寄らないことだ』
「……どうしてよ」
『殺意を感じただろ?』
 ――……!
 言葉を失う私に、蜘蛛が愉快そうに言った。
『一つ教えといてやろう。お前が俺の言葉を理解できるのは、お前に力があるからだ』
「……力?」
『今のところ、お前のじいさんとお前だけが力を持ってる。お前に俺の声が聴こえるのは、血筋のせいだ』
 つまり……霊感のある血筋ってこと?
「でも、幽霊を見たことなんてないし……ないわよ、力なんて」
『ふん』
 鼻で笑い、蜘蛛は巣に戻った。声の気配が消える。
 蜘蛛と生活したこの三日間で気付いたけれど、蜘蛛の声の気配が消えると、何を話しかけても全然反応しなくなる。それは蜘蛛が寝たから、とかではなくて、きっと蜘蛛自身の話す気がなくなった証拠なんだろう。
 今回も、蜘蛛は言いたいことだけ言って、さっさと気配を消した。
 ――まったくもう、本当に勝手なんだから。
 最初に会った時も今も、変なことばっかり言って黙っちゃってさ。
 私を助けるとか言っときながら、危ない目に遭っても結局、全部自力で逃げてるじゃない、私。
 ……頼りない。
 そうよ、もともと信用できないのよ。こいつ、話せるだけで、結局やっぱりただの蜘蛛だし。
 なんか、ちょっとでも期待した私が莫迦だったかも……。
 こいつにクーラー以上のものを求めるのは止めよう。あと四日の我慢だし。
 溜め息をついて、私は階下に降りた。リビングでテレビを点ける。
 途端に、誰もいない家にけたたましいベル音が鳴り響いた。玄関にある電話の音だ。
 音量が大きすぎて心臓に悪い。
 急いで出ると、兄の穏やかな声が聴こえた。
〈あ、みつきか?〉
 その声にホッと力が抜ける。
「……お兄ちゃん? どうしたの?」
 まだ仕事中の兄から電話がくるのは珍しい。
〈みつき、テレビ見てるか?〉
 兄の口調から緊張が伝わってくる。
「テレビ? えっと……」
 私は子機に持ち替えリビングに戻った。チャンネルをニュースに合わす。
 緊迫した空気が流れる夜の住宅街が現れた。息せき切ったレポーターの声と、画面右下にはでかでかと表示された『バラバラ殺人事件』の文言。
「……なにこれ」
 呟くと、受話器越しに兄が説明する。
〈みつきの学校の行方不明だった一年生が、隣町で遺体で発見されたんだ。他にも遺体は二つあって、まだ身元が特定できていない。今日からこの捜査に加わることになったから、当分帰れそうもないんだ。母さん達にそう伝えておいてくれるか?〉
「うん……わかった」
 電話を切った後も、私はテレビから目が離せなかった。
 リポーターが一生懸命現状説明をしているけど、それも耳に入ってこない。
 テレビの暗がりに映り込んだ自分の顔が、ひどく青ざめているのが見える。
 カメラがぶれながら、青いシートがかかる空き地を映し出す。そのシートいっぱいに、今朝鎮目君の背後に見えた黒い靄が覆い被さって見えた。


 蜘蛛は、私に霊的な力がある、みたいなこと言ってたけど、だったら……私が見た黒い靄がそれなんだろうか?
 黒い靄は、今のところ鎮目君と、さっきのバラバラ殺人事件のテレビでくらいでしか見かけていない。
 これって、もしかして繋がってるのかな?
 ――そんなことを考えながら、私は兄への差し入れを手に隣町に向かっていた。
 買い物から帰宅した母に渡すよう言われたんだけど、本当にお母さんは昔から呑気だわ……殺人現場に娘を行かせるなんて。
 でも、どうしても自分の目で確かめてみたくなったし、きっとお兄ちゃんも現場にいるだろうから、私はすぐに引き受けた。
 でも、ちょっとだけ見に行ったらすぐに帰ってこよう。……やっぱ怖いし。
 ――現場の空き地までは歩いて20分くらい。
 空き地に近づくにつれて、人だかりのざわめきが聞こえてくる。
 すっかり日が暮れ、普段なら闇に包まれているはずの一角が、テレビのライトとカメラのフラッシュで昼間のように明るくなっていた。いつまでも途絶えない野次馬と、それを制する怒声で騒然としている。
 辺りは、煌々と輝くライトと喧騒で異様な熱気に包まれていた。土煙が舞い、合間にかび臭い臭いが漂う。
 人垣の隙間から覗くと、覆われた青いシートの隙間からぼうぼうに伸びた大量の雑草が見える。あまり手入れがされていない空き地だったようだ。テレビで観たような黒い靄は見当たらない。
 その時、無遠慮な力で背中が強引に押された。アリの群れのような野次馬が、少しでも生々しい現状を確認しようとどんどん押し寄せてくる。
「ちょっと……すみません」
 私は思わず周りの人を押しのけて人垣を飛び出した。とてもあそこにはいられない。
 振り返ると、まだカメラマンとリポーターが必死で現場の凄惨さを報告している。
「お兄ちゃん……どこにいるのかな」
 たかれるフラッシュに目を細めながら見ると、空き地の隅で必死に野次馬の侵入を阻む兄の姿があった。普段の気弱そうな兄とは打って変わり、その表情は真剣そのもの。それでも、半ば人に押され気味なのが兄らしい。
 でも、どうやってあそこまで辿りつこう……。目の前にはアリの大群が壁を作っている。
 ため息をついた時、
「なにやってんの〜?」
 背後からポンと肩を叩かれる。
「きゃ! ……え?」
 ドキドキしながら振り返ると、なぜかアズミが立っていた。制服のままである。
「な、なんでここにいるの?」
「なんでって、ここ帰り道〜」
 あっけらかんと話すアズミ。
 あ、そうなんだ……。
「って、アズミん家ってもう一つ駅むこうじゃなかった?」
「……バレたか」
 アズミがメガネに手をかける。「だって、殺人事件があったんでしょ? 気になるじゃない」
 あの妖しい笑みを浮かべる。
「……最強だね、アズミ」
 まったく……図太いんだから。
 アズミはズカズカと人だかりに加わり、レポーターの声に耳をすませながら状況確認をしている。
 私は兄の元へ行くのは諦め、人垣から離れた場所でぼうっとそれを眺めていた。
 何度眺めても靄は見えないけど、ここにいると段々と気分が悪くなってくる。
 ――アズミ、よく近づけるわね。
 早くお兄ちゃんに差し入れを渡して、帰りたいけど……もう一度この大群に突入する勇気はないわ。
 そんなことを考えていると、アズミが警戒するように腰を低くしながらこっちにやってきた。
「どうだった? 取材=v
 呆れ顔で聞くと、アズミは興奮した様子で、
「それどころじゃないって〜みつき。すごいこと聞いちゃったのよ、今」
 アズミはメガネをかけ直した。
「え? なにかあったの?」
「それがね、遺体がバラバラにされたっていうそのやり方が、なんか、もの凄い力で引きちぎられたみたいなんだって! 人間業じゃないって言うの」
 ……人間業じゃない?
 思わずゾッとする。
「それって……本当?」
「本当よ。さっきそこで警察の人が話してるのを聞いたんだもん」
 その言葉に私は覚悟を決め、人垣へ向かった。群がる野次馬を押しのけ、なんとか最前列に出る。
「あれ、みつき? なんでここに……」
「はい、お母さんからの夜食!」
 私に気付いた兄にお弁当箱を押し付ける。
「……ああ、ありがとう」
 呆気にとられながら受け取り、ハッとする兄。
「いや、そうじゃなくて、なんでここに……」
「――お兄ちゃん」
 私の剣幕に押され、兄はピタリと口を閉じた。
「聞きたいことがあるんだけど」
「……わかった、ちょっとこっちへ」
 十歳も歳の離れた兄は、ちょっと私に甘いところがある。
 兄は現場を離れ、私の肩を抱いて野次馬の群れから連れだした。
「……で、何だ? 聞きたいことって」
 声を潜める。
「その……遺体がバラバラにされたのが、人間業じゃないって、本当?」
 私の質問に、兄は口をへの字に曲げて困惑した。
「なんでそんなこと知ってるんだよ……」
「じゃあ、本当なのね?」
 兄が一つため息をつく。
「……これ、まだ公開されてない情報なんだから、黙っててくれよ? ――みつきの言う通り、被害者はみんな体中を引きちぎられて亡くなってる。とても人の力でできることじゃないよ。胴体はまだ見つかってないしな……」
「引きちぎられて……」
 身震いしていると、私と兄の間にアズミが割り込んできた。
「それで、被害者の身元は全員わかったんですか〜?」
「えッ君は……?」
「あ、みつきのクラスメートのアズミです〜」
 アズミが頭を下げる。つられて頭を下げかけて、ハッとする兄。
「いや、ちょっと待って、なんで君まで……」
「――いいから、お兄ちゃん。身元は?」
 私達はとにかく話の続きを促した。
「……ああ、仕方ないなあ……。被害者は、全員みつきの高校の生徒だよ」
「ええっ」
「一昨日から行方不明だった一年生と、残り二人は二年生だ」
「……同学年じゃない」
 アズミと顔を見合わせる。
「そう。うち一人は、死後半年経ってる。もう一人は一週間だ」
「え?」
 アズミが意味ありげに眉をひそめる。
「――はい、ここまで! もういいだろ? 早く帰りなさい」
 兄が私とアズミの背中を押す。「あ、みつき、母さん達によろしくな」
 言いながら、兄はあたふたと野次馬の向こうに戻っていった。
 残された私とアズミは、しばらく無言で視線を合わせた。
「まさか、全員うちの学校の生徒だったなんて……びっくりよね」
「うん……」
「怖いよね……本当に」
「うん……」
 いつになくアズミが呆けている。
「ちょっと、どうかしたの?」
「ん〜」
 煮え切らない様子のアズミ。「なんか聞いたことある気がするんだよね〜。さっきの被害者の……死後の期間」
「え?」
「なんだっけなー」
 メガネの位置を直しながら、アズミは難しい顔で何やらぶつぶつ言ってだけど、
「まあ、思い出しとくわ〜」
 と言うが早いか、さっさと駆け出してしまった。
 なんとなく釈然としないまま、仕方なく私も元来た道を帰ることにした。


 闇に包まれる住宅街に外灯だけが並んでいる。
 事件現場から離れるにつれて、どんどん人通りが少なくなっていく。
 まだ初夏なのに、ねっとりとした嫌な空気が首筋にまとわりつく。
 ――なんか、嫌な感じ。
 見上げた夜空の一番星が霞んで見える。
「あ〜! やだやだ」
 首を振り、私はさっき兄から聞いた言葉を反芻した。
 被害者はみんなうちの学校の生徒で……。
 人じゃないものに引きちぎられて……。
 想像するだけで、寒気がする。
 人じゃないもの……。
 ……腹減ったなあ
 どうしてもそこで、蜘蛛の言葉を思い出してしまう。
 昔は人も殺して食べてた、とか言ってなかった? あいつ。
 とても人間業じゃないって言ってたし……。
 しかも、胴体……見つかってないわけでしょ?
 もしかして、あいつが……食べ――。
「いやーっグロイ!」
 想像しかけて、私は思わず頭を抱えた。
 ……そうよ、だって、あいつ、自分で妖怪だとか言ってたし……。
 蜘蛛が、被害者を襲ったのかも知れない!
 ああ、でもこんなこと、誰に相談したらいいんだろう……。とにかく、家に帰って……。
 でも蜘蛛が部屋に帰ってたら? 顔を合わせるのが怖い。
 でも、こんな人気のないところで立ち止まってるのも怖い。
 とりあえず、家に帰ろう。なんだか……さっきからゾクゾクする。
 嫌な予感に急き立てられるように、私は早足になった。
 何気なく夜空を見上げると、何だかさっきよりも星が霞んで見えた。
「……え?」
 立ち止まって見上げていると、次々と星の瞬きが消えていった。空が漆黒の闇に変わる。
 目を落とすと、同様に街灯の光もどんどん霞がかっていく。
「え? なに、これ」
 眼前に、黒い霧のようなものが立ち込めた。
 ようやく、自分があの黒い靄に取り囲まれていることに気が付いた。鎮目君と対峙した時と同じ恐怖が、足元からじわり、じわりと這い上がってくる。
 ――に、逃げなきゃ!
 私はその場から駆け出した。
 でもなぜか、現実感がない。真っ直ぐ走っているつもりなのに、目の前の住宅街の風景が急速に遠ざかっていく。
 いや! なんなの、これ?
 ついに視界は闇一色になった。
 それでも、私は走ることを止めなかった。自分がどこに向かっているのか、上なのか下なのかもわからない闇の中で、必死で手足を動かした。
 その時ふいに、鎮目君の時に感じた強烈な異臭が鼻をついた。同時に、荒い息遣いが反響する。
 何かが、後ろにいる……。
 こみ上げる恐怖にスピードを上げようとした途端、足がもつれ、私は前のめりに倒れ込んだ。頬に固いアスファルトの感触がし、打ち付けた膝小僧がズキズキ痛んだ。
 もしかして、ここはあの住宅街の道なの……? 視界が閉ざされているだけで、今いる場所はあそこのまま?
 だったら、走り続けたらどうにか出口が見つかるだろうか?
 そう思ったけど、目を開けても閉じても真っ黒な空間の中では、方角が全く分からない。
 ――それでも……とにかく、動くしかない!
 背後から迫りくる気配から少しでも離れるために、私は痛む足を引きずりながらまた駆けだした。
 その時、スカートのポケットから軽快なメロディが聞こえた。この緊迫した状況には不似合いなそれは、着信を告げる音色だった。
「あ……誰か!」
 ケータイを開くと、液晶画面にアズミ≠フ文字。
「もしもしッアズミ?」
 走りながら通話ボタンを押す。
 受話器の向こうから、アズミの喜々とした声が聞こえた。
〈みつき、思い出したのよ〜さっきの、殺された被害者の共通点!〉
「え?」
 そんなことどうでもいいから、とにかく助けて欲しいんだけど……!
 何も知らない彼女は続けて、
〈今、テレビで被害者の名前が出てたから思い出したの。みんな、鎮目君に除霊を頼んだ生徒よ〜〉
 ……一番聞きたくない言葉だった。
「ていうか……アズミ、助けて――」
 叫んだ瞬間、私は何かにぶつかり、反動で後ろに弾き飛ばされた。衝撃で手を離れたケータイが闇に転がり、通話が切れた。
 私は尻餅をついた格好のまま、荒い息を整えていた。先ほどぶつかったものが何なのかを想像すると、動くことが出来なかった。
 あたりは静寂に包まれている。
 ケータイの液晶画面が、闇を四角く切り取っていた。
 せめてケータイを取り戻そうと手を伸ばしかけた時、あのむっとする匂いが私を包んだ。同時に、液晶の光に照らし出されたズボンの裾が見えた。
 え? と思った瞬間、その足は勢いよくケータイを踏みつけた。辺りに小さな破裂音が反響する。
「あ!」
 顔を上げると、光を失った暗闇の中に浮かび上がる鎮目君の顔があった。
「鎮目……君」
 そう呟くのが精いっぱいだった。
 不思議と、恐怖はなかった。ただ――ああ、やっぱり……と思っただけだった。
 光ひとつない闇の中に、鎮目君の顔だけが浮かび上がっていた。
 しばらくの間、私と鎮目くんは黙って見つめ合っていた。相変らず彼の目は据わっていて、冷たいガラス玉のような瞳で私を見ている。
「……ど、どうして?」
 沈黙に耐えきれなくなり、私は声を出した。
 鎮目くんは、ただじっと見見下ろしている。
「今朝見つかった遺体……みんな、鎮目君に除霊を頼んだ人達だって……」
 彼の目が少し揺れた。
 汗が、私の頬を伝い、顎から下へ落ちる。全身の毛が逆立っているのがわかる。
「ねえ、鎮目君……」
 できるだけ平常心を保ちながら問いかけた。「まさか、あなたが、三人を殺したの?」
 震える声が闇に響く。
 ふいに、石のようだった鎮目君がゆらりと動いた。閉ざされていた口元がにぃ〜っと裂け、背筋が凍るような不気味な笑顔を作り出す。
 ……よう。
 どこかで声が聞こえた。
 ……て……げる。
「え?」
 鎮目君の声じゃなかった。だけど、目の前の鎮目君の口は動いている。
「じ……げる……よ」
 ひたすら、鎮目君の口元がパクパクと動く。同時に、闇に低い声がこだまする。
「……して……げる。……の……」
 え?
「何? ……なんて言ってるの?」
 思わず立ち上がりかけた、その時。