作品タイトル『桜の花が開く瞬間-とき-』

 7.恵〜A〜

 ――……死ぬんだ。
 死……。
 漆黒の闇の中で、俺の頭の中に、ひたすらその言葉だけが繰り返された。
 夢なのか現実なのか分からない。
 ただ、いつも見ている空虚な闇の夢のように、俺は……目を閉じて、心地よい浮遊感に身を委ねていた。反響する言葉が、次第に、闇に吸い込まれるようにして消えていく。
 ああ……。このまま、俺も消えてしまえたらどれだけいいだろう。受験も、ステータスも、くだらないクラスメートも、親も、自分自身も……。心地よいこの闇に溶けて消えてしまえたら、今の現実を生きていくより、どれほど幸福なのだろう……。
 そんな馬鹿げたことを考える俺は、どうかしている。今まで、必死で頑張って培ってきた努力を放棄したいだなんて、一体どうしたというのだろう?
 生きていくことは戦争。俺の人生にとって邪魔な人間は排除する、踏みつけて伸し上がる。……そんな現実。
 無気力に生きて何も取りえがないような、つまらない大人にならないためには、そうやって生きていくべきなのだ。自分以外に必要なものなど何もない。自分自身さえ信じられればそれでいいのだ。求めるべきものなど何も無い。
 ――それが、俺の進む道。
 だけど。
 時々、無性に矛盾を感じる。
 ――俺の進む道は、本当にこれでいいのだろうか?
 時折、何か大切なものを置き忘れてきたような、奇妙な焦燥感にとらわれる時がある。
 別に、馬鹿なクラスメート達のように、教室を幼稚園と勘違いして騒ぐような人種になりたいわけではない。
 ただ、時々……ふと、その彼らの存在の中に、小さな輝きを見出す瞬間があるのだ。ほんの一瞬のことだが、確かに彼らは輝いている。勉強もろくにできないつまらない人間が、そこだけ別世界のように生き生きと輝いて見えるのだ。
 その輝きの正体を教えてくれたのは、立花だった。
 いつだって俺は俺の世界――俺の視野でしか世界を見なかった。俺のステータスでしか、他人を計れなかった。
 そんな俺が、初めて興味を持った男子生徒――立花が、俺の視野を変えてくれたのだ。個性という名の輝きの見い出し方を、俺に教えてくれた……数えるほどの会話の中で。
 ――なのに俺は、急に立花の存在が恐ろしくなった。
 俺が培ってきたこれまでの軌跡が、一気に突き崩されるかのような恐怖に襲われた。自分がこれまで信じてきたもの全てが色あせ、意味を無くし始める、強烈な不安感……。それに気付いたから、だから俺は――……。
 ふいに、閉じた俺の瞼に心地よいそよ風が触れた。
「?」
 ――風?
 はっと目を開けると、俺は、校庭の隅の体育倉庫の傍に仰向けで倒れていた。
 土を払いながら立ち上がると、目の前に、夕暮れに染まる飼育小屋が悠然と佇んでいた。
 ああ……そうか。
「――君、立花優君だろう?」
 小屋の中で作業をしている人物の背に、俺は思い切って声をかけた。彼は驚いたように振り向き、優しく微笑んだ。
「冬堂君! 来てくれたんだね」
 俺は、制服の袖を捲り上げながら小屋に入った。
 錆び付いた大きな小屋は輝くオレンジ色に染まり、人気の無い校庭に長い陰影を刻み付けている。
 優しい風が傍の木の葉を揺らし、さらさらと心地よい音を奏でた。
「あとは俺がやるよ」
 俺の言葉に、立花は嬉しそうに笑った。
「大丈夫だよ! あ、ちょっとだけウサギたち見ててくれるかな。あと少しで終わるから」
「分かった」
 頷いて、俺は4匹のウサギを小屋の隅に移動させ、逃げないように専用の柵を立てて仕切った。
 飼育小屋には、4匹のウサギと3羽のにわとりがいた。広い小屋はそれぞれ半分に仕切られており、出入り口はウサギ側の一つしかなかった。
 どうやら立花は、にわとりの世話は終えたらしく、手際よく手前のウサギ小屋の掃除を行っていた。小屋にはそれぞれ小さな柵が設置されており、掃除の間動物はその柵に入れられることになっている。
「――よし、終了!」
 泥にまみれた顔で、立花が嬉しそうにウサギたちを柵から小屋の中に放った。4匹のウサギは愛らしくぴょんぴょんと跳ねながら、たった今交換されたばかりの真新しい水を飲み始めた。そのうち、サラダ菜のシャリシャリという新鮮な音が響き出す。
「ありがとう、冬堂君」
 小屋の傍の水道で手を洗いながら、立花はもう一度俺に礼を言った。
「それを言うのは俺の方だろう。俺の担当だったんだから」
「でも、今日、冬堂君は確か委員会だったろう? 知ってたから、僕がやっておこうと思ったんだ。僕だって飼育委員だし。それにしても、遅くまで大変だよね、いつも」
「……その十分遅い時間まで、入念に小屋掃除をしてくれているとは思わなかったけどな、さすがに」
 真顔で言うと、立花はにっこり微笑んだ。
「だって僕、動物好きだから」
 地上を見下ろす夕日が、広い空を真っ赤に染め上げていく。
 ――今日の委員会は最悪だった。議題は明確なはずなのに、彼らの討論の歯切れの悪さといったらない。お陰で、3つのテーマのうち1つしかまとめることができなかった。
 ああ、なんて理解の浅い人種だろう。
 軽蔑の感情で委員会の教室から外を見た時、俺は飼育小屋に目を留めた。そして思い出したのだ、小屋掃除の担当のことを。
 クラス委員と兼用で担任から押し付けられた飼育委員。毎日交代で世話をしなければならない面倒なもので、俺はいつも適当に手を抜いてそれを行っていた。――それが確か、今日のはずだった。
 委員会が終わると、腕時計の針はもう6時を刺そうとしていた。これから小屋掃除と餌やり……面倒で仕方がなかったが、決められたことだ、やるしかない。例え押し付けられたものであっても、責任は果たさなければ。
 そう思い、俺は重い足取りで飼育小屋に辿りついたのだった――。
 作業を終えた後、元気に動き回る動物たちを眺めながら、俺は、なぜか立花と並んで傍の体育倉庫の階段に座り込んでいた。入学してから二か月目。常に有名進学校の受験を意識し、時間があれば勉強している俺にとって、そんな風に校内でぼんやりと過ごすのは初めてだった。
「……冬堂君は、何かペットとか飼ってる?」
「いや、飼ってない。立花は何か飼ってるんだろう?」
 その問いに、立花はふと寂しげに微笑んだ。
「ううん、僕の家、母さんがアレルギーだから動物駄目なんだ。だから、せめて学校では……ね」
「本当に動物が好きなんだな」
 俺が言うと、立花は無邪気に頷いた。
「本当にかわいいよ。柔らかくて、フワフワで」
「……へえ。そんな調子で、小学校の時も飼育係だったんだろう?」
「えっなんでわかるの?」
「……図星か」
 そんなとりとめも無い会話から始まり、俺達はそこで日が暮れるまで話し込んだ。同じ委員を担っていながら、立花とそんな風に話しをするのは初めてだったが、なぜか、その時の俺にはその時間がとても大切に思えた。
 立花は、不思議な男だった。一見内気で気弱そうな雰囲気だが、一旦俺と議論になれば自分の意見をしっかり持ち、決してぶれなかった。彼は聡明で、教室では目立った行為や発言をしなかったが、内に多くの視野を持っていた。そして、会話の中から、いつもクラスメートに気を配っている雰囲気も窺えた。それは当時――俺は噂程度でしか知らなかったが――いじめを受けていたせいもあったかもしれない。
 どんな話題でも、立花は決して人を見下すような発言はせず、常に温かい笑顔を浮かべていた。その姿勢に驚くと同時に俺は感心していた。優れた人格の持ち主と出会うことができたと、半ば興奮してもいた。だが……。
 ――しばらく話し込み、話題が途切れた時、ふいに立花が言った。
「それにしても、冬堂君は偉いなあ。委員長だし、勉強だっていつも学年トップだし」
「……どうしたんだ、いきなり」
「なんか、こうやって話していて、思ったんだ。そんな冬堂君に比べて、僕は取り柄も無いし、凄く平凡だなあ……って」
 言って、立花は哀しげに目を伏せた。「勉強だって頑張ってるつもりなんだけど、なかなかうまくいかなくて」
 そんなことはない、立花はすごい人間だ――と言いかけた時、
「でもね、目標があるから、頑張るんだ、絶対」
「……目標?」
「うん、将来の目標」
 笑顔になる立花。「僕の家、母子家庭だから、たくさん勉強して、いい会社に入って、家族を楽にさせたいんだ。そのためには資格の勉強とか……難しいこと、大変なことがたくさんあると思うけど、自分のためだから……つらくても、頑張ろうって思って」
 強く語る立花の瞳は、信じられないほどキラキラと輝いていた。 
 俺はその時、得体の知れない不安感に襲われた。
 ――違う。
 俺が今まで抱いてきた現実感と、目の前にいる人間のそれとは全く別物だ。
 俺にとって、現実はただ苦しいだけだった。未来もそうだ。苦しみに耐えながら歩んでいくものだと思っていた。
 なのに、なぜ立花は、苦しくても、つらくても、そんな笑顔ができるんだ……?
 目標=c…それがあるからか?
 ――ふいに俺は気付いた。
 俺の……有名進学校の受験、その先の有名大学進学への目標≠ヘ、俺の意思で決めたことだっただろうか?
 小さい頃から両親に言われ続けてきた俺の未来。高学歴な自分達と同じ道を進むことが、彼らの望みだった。 気付けば、その期待に応えることが俺の目標≠ノなっていたのではないか……?
 苦しいのは、俺自身の意思がそこになかったから……?
 立花は続ける。
「冬堂君は、いつも人のことよく見てるよね。観察してるというか……」
 ――観察=B
 その言葉が、俺の頭の中で繰り返し反響した。
「でもさ、冬堂君……――」
 そこでふいに、ブツッと音を立て、夕暮れの景色が元の暗闇に戻った。視界が一瞬で閉ざされる。
 俺は驚きながらも、呼吸を整えるため静かに目を閉じた。
 ――やめてくれ、もう誰も、踏み込まないでくれ……。
 あの日の最後、立花は俺にこう言ったのだ。
 ……いつも、そんな風に、自然にしていればいいのに
 無理して優等生を演じなくても、いいと思うよ
 立花は俺を気遣い、そう言ったのだろう。今となれば、そう思える。
 だが、その時の俺には、立花の言葉すべてが脅威だった。
 他人を観察して、優等生を演じている
 無理をしている
 それらは、これまで俺が自身を守るために行ってきた行為、いわば必死で築いてきた仮面だった。
 それをいともたやすく見抜いたのは、昨日まで話をしたこともなかったクラスメートだった。彼はいじめられているという噂のある気弱そうな男子で、俺は今日初めてその彼を尊敬したというのに。その彼に、誰にも知られたくなかった俺の心の仮面を剥がされた。それは、どうやっても抗えない力に屈服するような屈辱感を俺に与えた。
 しかも、俺にとって苦しいだけの現実を、未来を、立花は笑顔で語ることが出来る。ただひたすら前を見て邪魔なものを排除して歩いてきた俺と違って、立花には、他人を気遣う余裕すらあるのだ。
 俺がこれまで信じてきた生き方、人生観、未来までもが、音を立てて崩れていくような気がした。
 ――だめだ、今ここで道を見失ってしまったら、だめだ……聞くな、何も感じるな。前だけ見ていればいいんだ。
 俺の存在を脅かすものは……そう、排除すればいいのだから。
 俺の世界だけで、俺は生きていくことができる。誰の手も要らない。俺は独りで生きていける。大丈夫だ。間違ってなんかない。
 俺は、無理やりそう思い込もうとした。……が、できなかった。
 ――俺は混乱した頭を抱え、返事もそこそこにあの場を立ち去った。
 翌日、昇降口で金城達に絡まれている立花を見たが、俺は無視をした。
 それ以来立花とは言葉を交わさず、俺は一日おきの小屋掃除を淡々と行った。まさか、あんなことが起こるとは夢にも思わずに……。
「――どうなんだよ、委員長」
 クラスのボス的存在である金城が、俺に詰め寄る。あの日から二ヶ月ほど経った、夏休み前の放課後のことだ。
 瞼の裏の闇に、当時の情景がありありと浮かび上がる。
 ――その日、クラスでは全員参加のとある会議が行われていた。普段討論などに全く関心を示さない金城が、得意げに指揮をとっていたのを思い出す。偉そうに俺達を見回して、ふんぞり返っていた。
 議題は、一週間前、飼育小屋が原因不明の出火により全焼した事件の犯人についてだった。議論と言っても、第一発見者の立花が犯人扱いされるという一方的なものだったが。
 こんな時、大抵教師は口をはさまない。所詮は子供の戯言とでも思っているのだろうか、普段教室で行われているいじめの延長が、こんなところで堂々と続行されてるとも知らずに、教室の端で椅子に座ったまま眠りこけていた。
「委員長、立花が火をつけたのか?」
 金城は、無言の俺に厳しい視線を向けた。
 小屋が火事になった日、俺は、偶然その場に居合わせていた。俺が掃除担当だったその日、またも直前の委員会が長引き、俺は日が傾く中急いで小屋に向かったのだ。
「……俺が着いた時には、小屋は、もう火の海だった」
 静かに言うと、金城の目が妖しく光った。
「その時、火をつけた奴、見たのか?」
 ――信じられないほど大きな火柱に包まれた小屋の傍で、立花は必死で、小さなバケツに入った水を何度も炎に浴びせかけていた。動物があれほど好きだと語っていた立花に、自らその命を手にかけるような真似ができるはずがない。それは、誰よりも俺が一番良く理解していた。事実、火を消そうと奔走する立花の腕は酷い火傷を負い、袖から覗く皮膚はケロイド状に醜く腫れ上がっていた。そんな自身の状態を気にも留めず、教師達が消火器を持ってやってくるまで、立花はずっとひとりで消火活動を行っていた……。
 目をやると、ざわつく教室の中、立花はじっと項垂れたまま席についていた。両腕の包帯が痛々しい。彼のその虚ろな瞳は、全滅してしまった動物のことを思ってか、少し潤んでいた。
「……委員長!」
 無言で立ち尽くす俺の態度に、金城はイライラしながら叫んだ。「どうなんだよ、見たのは委員長だけなんだぜ」
 金城の赤い髪が、視界でちらつく。
「立花がやったんだろ? ……――そう答えとけよ、委員長」
 最後のセリフは小声で囁くように言った。
 俺がこの問いに頷けば、これもまた立花に対するいじめの理由として金城達に認定されるのだろう。それも、今度は正当な理由でのいじめとして……。
 俺は、ゆっくりと目を閉じた。
 闇の中に両親の姿が浮かぶ。
 この間の期末テスト、どういうことなの? かろうじて1位って
 2位のこの立花って男子生徒は、塾にも行ってない貧乏人なんだろう
 まさか、そんなコに負けたりしないわよね
 次はもっと頑張れよ。あんな家に負けるな。わかってるよな……
 次いで、職員室の情景に切り替わる。
 立花、お前、頑張ってるな。中間も期末も惜しかったなあ……でもまあ、相手が冬堂じゃなあ
 はい。でも、僕も冬堂君を見習って、頑張ります
 ――頑張れ、負けるな。
 鉛のように胸を重くさせる言葉。それを聞く度に俺は、自分を奮い立たせてきた。突き刺さる言葉も飲み込んで、ここまで歩いてきた。
 だけど、その言葉を、たやすく笑顔で返すことが出来る立花。俺にとっての苦しみは、立花にとっての糧だった。
 ――クールに他人を観察して見下していても、無駄だよ
 僕はみんなわかってるんだから
 無理して優等生の仮面を被ったって、かろうじて、なんだよ
 俺を責める言葉が、あろうことか、立花の声で紡がれる。幻聴だとわかってはいたが、耳の奥でわんわんと反響するその声に意識が朦朧とする。
 俺の足元はぐらついていた。
 ――立て直すにはどうすればいい? もう一度、あの道≪レール≫に戻るには?
 めまぐるしく考える俺の心に、一つの言葉がともし火のように浮かんだ。
 ……邪魔な人間を、排除≠キればいい。
 そうだ、いつもそうやってきた。他人を蹴落として、踏み台にして、そうやって上り詰めてきたじゃないか。
 そう思った時、俺は思わずこう言っていた。
「――ああ、立花が火をつけたんだ」
 そのセリフを口にした途端、教室中が怒声の渦に包まれた。そのあまりの叫び声に、うたた寝していた担任が慌てて飛び起き、何事かと辺りを見回した。
「……やるじゃん、委員長」
 金城が俺に下品な笑みを向けた。
 その瞬間目が合った、あの時の立花の瞳の色を、俺は多分、一生忘れることはできない……。
 ――俺は、ただ怖かったんだ。
 あの時、自分がどこに立っているのか、どこに向かえばいいのか、わからなくなっていたんだ。
 だから、間違った答えを選択してしまった。
 立花の言うとおり、俺は、ずっと無理をして≠「た。眼鏡の奥に表情を隠し、エリート意識に凝り固まって、無意識に模範生を演じることで、確固たる自分≠築こうとしていた。他人を観察することもそうだ。全てを自分のものさしで計ることで、世界を知った気になっていたのだ。いつだって、自分が正しいと信じたかったのだ。だから、初めて出会えた、心から対等に並びたいと思えた相手のことまで貶めてしまったのだ。
 だけどそれは、とても謝って許されることではなかった。
 一人の人間を傷つけ、自殺にまで追い込んだ……俺の弱さ。狡さ。
 立花はきっと、俺を恨んでいる。憎んでいる。
 自殺の直接的な原因かどうかはわからないが、俺のあの言葉が、引き金のひとつになったことは間違いないだろう。そうでなければ、彼があんな恐ろしい目で俺を見るはずがない。
 ――ああ……俺は、死ぬのだろうか。立花が味わったものと同じ、死の苦しみや恐怖を、俺も味わうのだろうか。それが、立花の復讐なのだろうか。
 ぼんやりと思いながら、俺は空虚な闇の奥を見つめる。
 俺を包む闇は、いつも俺の味方のはずだった。何も見ない、何も感じない……そうやってすべて見ないふりをして、逃げ込むことができる場所だった。
 だが今は、このどこまでも続く漆黒の闇が……恐ろしい。
 それでも俺は、報いを受けなくてはいけない。例えどんなことでも、それが立花の復讐なら、逃げてはいけない。
 俺は、何も見えない暗闇に向かって呟いた。
「立花。後悔してる……。ごめん……本当に」
 その時。
「――ほんまに、後悔しとるんか?」
 闇の中に浅倉の声がこだました。
「……浅倉!?」
 思わず後ずさる。「どこに……」
「冬堂、ほんまに後悔しとるんか?」
 有無を言わさない声。
 俺は疑問をぶつけるのを諦め、覚悟を決めて答えた。
「ああ、本当に後悔している。……だから、立花に復讐されても……仕方ないと思ってる」
 闇の中に笑い声が反響した。
「はは、そうか。俺を睨みつけたあの時の意気込みはもうないんやな」
 その言葉に、俺は手足が震えている自分に気付いた。
 浅倉は続ける。
「後悔、か……。せやったら、もう一度やり直してみるか? ……チャンスをやるわ」
 その声と共に、ふいに視界が開けた。闇が晴れた眩しさに思わず目を瞑る。