作品タイトル『メル友』

第二夜:【掲示板】 U

 それからというもの、奈々江は家でも学校でもあと二日≠ノついて考えるようになった。
 あと二日……一体、何のカウントダウンなの?
 念のため書き込みの日付を見てみたが、その二日後が真弓の亡くなった日というわけではなかった。あえて言うなら、あと二日≠ェ書きこまれた日が、真弓の亡くなる丁度一ヶ月前だったということぐらいだ。
 書き込みの雰囲気から、『まぁ』の言うあと二日≠ヘ何かの記念日という明るい内容のものではないように思えた。奈々江は直感的にそう思っていた。
「真弓の死には関係ないだろうけど……なんか、気になる」
 奈々江は、書き込みをした『まぁ』を探すことを決意した。自ら何かをしようと思えたのは、真弓の死以来初めてのことだった。
 奈々江はまず、真弓のケータイのアドレス帳を確認した。しかし、そこには『まぁ』という名前はなかった。
 次に、真弓の掲示板で『まぁ』からの他の書き込みを探した。だが、彼女のコメントは後にも先にもあの一言だけだった。
 ――八方ふさがりだわ。
 溜め息をつき、奈々江はケータイを閉じた。せっかく芽生えたやる気が早くも削がれ始めていた。
 何気なく、真弓のプリクラ帳をめくる。
 そこに『まぁ』がいるかもしれない……そう思ったが、やはり目ぼしい名前はなかった。
 あの言葉に、たいした意味はないのかな……。
「なんか意味深なんだけどな」
 呟き、奈々江は大きく息を吐いた。
「――やめやめっ。こんなことしてても、なんにもならないよね」
 声を張り、奈々江は真弓の遺品を小箱に戻すと再びクローゼットに仕舞った。そうすることで、今度こそ気持ちに区切りをつけようと思ったのだ。
「……これでいいのよね」
 奈々江は、見えない真弓に問いかけるようにそう呟いた。


 ――それから一ヶ月、奈々江は、真弓のことやあと二日≠ノついてのことを努めて忘れるようにし、気持ちを切り替えて日常を送っていた。念願の自分専用のノートパソコンを従兄弟から譲り受け、真弓ばりにネットサーフィンを楽しむ余裕も出てきていた。
 その日も、奈々江はお気に入りのサイトのリンクから、ある女性が主催するHPに辿りついた。彼女のサイトは人気があり、一日のアクセス数も多かった。
「ブログ、毎日更新してるんだ……すごいな」
 独り言を言いながら閲覧していると、彼女の今日のブログに気になる言葉があった。
〈みんなは呪われた掲示板≠チて知ってる? 書き込んだら、死んじゃうらしいの〉
「呪われた……掲示板?」
 奈々江は読み進めた。
〈友達の友達がその掲示板に書き込んだらしいんだけど、それ、なんかちょっと変わってるんだって。書き込みした日付と、画面上に出る日付が違ってるって。普通、カキコしたらその日の日付が載るでしょう? その日付が、全然違う日――未来の日付になってるんだって。書き込んだその人の場合は、一週間後の日付になってたそうなの。そしたら、その人、掲示板に書き込みした一週間後に、亡くなっちゃったんだって。……そう、掲示板に掲載された日付の日に、ね〉
 そこまで読んで、奈々江はそっと身震いした。
 日記のレスには、ひたすら〈怖いよ〜〉といった茶化すような言葉が書き込まれていたが、一つだけ、
 ――知ってるよ、その話。
 とだけ書き込まれたものがあった。
 匿名希望≠フ書き込み。
 ブログの内容に震え上がるわけでも、無関心というわけでもない。淡々とした言葉。
 その奇妙な書き込みは、なぜか奈々江の心に残った。
 奈々江はすぐに、検索サイトで呪われた掲示板≠ノついて調べることにした。
 現れた検索結果は一千万件を超えていた。
 その数字にぐったりしたが、とりあえず関係がありそうなものから見ていくことにした。
 日記に書かれていた呪われた掲示板≠ノついては、意外にすぐ情報が得られた。
『みんなはまだ知らないかもしれないけど……』
『学校で今すごい流行ってる噂で……』
 と言った書き出しで、大抵は個人ブログに掲載されていた。
 しかしその内容は、どれも件のブログのものとほとんど同じだった。たまに、亡くなったという人物が友人の友人≠ゥらいとこ≠竍知人の姉≠ノ変わっているぐらいだ。つまり、どれも噂の域を出ていなかった。せめて、掲示板の内容やサイト名でも分かれば絞り込めるのだが、今や掲示板≠ニいうものはネット上に腐るほど存在するのだ。現状では見つけ出すのは絶望的だった。
「もしかして、よくある都市伝説みたいなものなのかな……」
 検索一覧はどれも同じキーワードと書き出しばかり。いい加減目が疲れてきた時、機械的にスクロールを繰り返す奈々江の手がふいに止まった。ある記事が目に付いたのだ。思わずクリックすると個人のHPへ飛んだ。
 『るい』と名乗る女性が主催するそのHPは日記とチャットのみで構成されており、日記のレスをする大勢の中に、見慣れたハンドルネームがあった。
 『ゆみゅみ☆』
「真弓……?」
 思わず呟き、レスの内容を読む。
〈それってもしかしたら、あの掲示板かなあ?/ゆみゅみ☆〉
 掲示板……?
 やりとりの全容が掴めず、奈々江はゆみゅみ☆の書き込みがあった日記を読んだ。それは4ヶ月ほど前に書かれたものだった。
〈今、学校ですごいウワサになってる掲示板があります。その名も、呪われた掲示板=Bカキコしたら近いうちに必ず事故に遭って死んでしまうというものです。それはケータイサイトにのみ存在しているらしく、普通の掲示板とそれを見分けることができる唯一のポイントは、カキコの日付。カキコの日付が、書き込んだ当日のものではなく未来のものになっていたら、その未来の日付が、書き込みをしたケータイ所有者の亡くなる日≠セというんです。呪いは、ケータイの端末を辿ってその所有者へ行き着くしくみになっているらしく、未だ誰もその呪いから逃れられた者はいないと言われています……〉
 この日記のレスが、先のゆみゅみ☆のコメントである。
 ――このゆみゅみ☆は、本当に真弓なのかな……? それに、ゆみゅみ☆はその掲示板を知っているような言い方をしてる……。
 次の日の日記、そのまた次の日と、奈々江は日記を読み続けた。
 そして、ようやく関連のある日記に辿りついた。
〈友達のゆみゅみ☆に教えてもらって、興味本位で書き込んでしまいました。そう、あの呪われた掲示板≠ゥもしれないサイトに……。書き込みをしたのは今日、10月7日でした。なのに、ネット上に表示された日付は2月21日。西暦は表示されないんです。どういうことなのかわかりません。なんだか、怖い……〉
 ゆみゅみ☆のレス。
〈私は、11月10日だったよ……〉
 全身が震えた。
 ――なんなの……これ? 冗談にしても、怖すぎるよ。
 さらに一ヵ月後の日記を見る。
〈チャット友達の『まぁ』との連絡がとれなくなってしまいました。HPも更新されてないし、心配です。まぁも、あの掲示板に書き込んだから……〉
 ――『まぁ』? その名前って、まさか……。
 ゆみゅみ☆のレス。
〈どうしよう、私があんなサイト見つけたせいだ……。ごめんなさい。ごめんね、まぁ。ごめんなさい、るいさん。私は、とうとう明日なの。明日は友達と買い物に行く。ゼッタイ誰かと一緒にいるようにする。怖い、怖い〉
 11月9日の日記だった。――真弓が事故で亡くなったのは、この翌日だった。
「真弓……? これ、本当に真弓なの? どうして、こんな……」
 ――ただの偶然? でも、それでこんなことって……あるの?
 奈々江は震える指でマウスを動かした。HPのメニューにある『メール』から、管理人の『るい』のもとへメールを送るためである。
 とにかく――確かめたかった。
 本当に、ゆみゅみ☆が真弓なのか。
 このHPに書かれていることは、真実なのか。
 だとすれば、真弓は呪われた掲示板≠ノ書き込んだために亡くなったのか……。
 奈々江の簡単な挨拶と、事実開示を求めるメールに、管理人からはすぐ返信が来た。
『明日、会って話せませんか?』
 奈々江はすぐに返信した。
 ――ぜひ、会いたいです。